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予防と治療のための臨床試験を含む研究における多様性と包括性

DISRUPT:臨床試験

がんに関する研究を平等に

臨床試験に関して、在米日本人を含む多くの皆さんに知っていただくために

FLATの臨床アドバイザー・ドクター藤井が教える「がん治療と臨床試験」がんの「標準治療」、「先端治療」、「臨床試験」とは?

研究室から臨床現場へ

新たな治療薬の発見や初期段階試験の多くは研究室で行われます。例えば、エリブリンという乳がんなどの治療薬として使われる抗がん剤は、もともとは神奈川県の三浦海岸に生息するクロイソカイメン(黒磯海綿)に含まれる「ハリコンドリンB」という天然物から作られています。

みなさん、研究室の中で研究者が「海綿から最新の抗がん剤を発見した! これはがんに効くに違いない!」と言っているところを、ちょっと想像してみてください。

この時点では、「海綿から作られた抗がん剤」を体内に注射することに不安を覚えませんか? 

まずは、これが安全かつ有効かどうかを確かめてほしいと思うことでしょう。ではこの「新たな発見」が、どのようにして臨床の現場で使われるようになるのでしょうか。

新たな治療薬やその組み合わせは、最初に研究室内でその効果と安全性がテストされます。

具体的には、がんを持ったネズミなどの動物に薬になる可能性のある新規物質を投与し、がんに効果があるかどうか、副作用が強く出過ぎないかなどを試します。

ここで効果や安全性が確認できない場合は、人に投与することは倫理的に認められません。この段階で開発がストップすることも多くあります。
ネズミなどでの効果、安全性が確認された「新規治療薬候補」が一般の人が使用できる「標準治療」として認可されるためには、全部で「3相」の試験を段階的にクリアする必要があります。

第Ⅰ相試験で安全性の確認

第Ⅰ相試験の主な目的は、「人における安全性、安全な用量・用法の発見(毒性や副作用の確認)」です。詳しい効果は、安全が確認された後の臨床試験で試されることになります。

ここでは、数人から数十人程度の患者さん、もしくは健常な人に薬を少量から投与し、段階的に増減を繰り返し、安全かつ最適な用量・用法を見つけ出します。

当然、この段階で脱落する治療薬もあります。

第Ⅱ相試験での有効性の確認

第Ⅱ相試験では、第Ⅰ相試験で決められた用量・用法で、数十人から数百人(200~300人)程度の患者さんに投薬して、効果と安全性を確認します。副作用は第Ⅰ相でも試験されていますが、第Ⅰ相では極少人数での試験であるために、発生頻度の低い副作用などは見られないことがあるからです。この第Ⅱ相試験でがんに対する有効性が確認され、安全性に懸念がなければ、いよいよ最終の第Ⅲ相試験へと進みます。

第Ⅲ相試験で「標準治療」との直接対決

第Ⅲ相試験では、第Ⅱ相で有効性が確認された治療が、「標準治療」に勝るものかどうかを確認します。第Ⅱ相で有効だと認められたのにまだ試験があるの?」と、不思議に思うかもしれません。
例えば「XXがん」と診断されたら、まずはA抗がん剤を使うという標準治療があるとします。たに試験されている薬剤は、XXがんに有効である以上に、効果もA抗がん剤に勝る必要があります。んを縮小するけど、A抗がん剤ほどは効かないというのでは、新たに標準治療にする価値がないからです。

したがって第Ⅲ相試験の目的は、第Ⅰ相、第Ⅱ相試験を勝ち残った治療が、現在の標準治療より効果的かどうかを、多くの患者さん(数百人から千人規模)を対象に直接比較することです。

この第Ⅲ相試験でより有効かつ最終の安全性にも問題がないと確認された後に、ようやく「標準治療」として認可されるのです。

「先端治療」VS「標準治療」

がんの「標準治療」となるためには3相の試験をクリアする必要があります。

第Ⅰ相試験で試された薬のうち第Ⅲ相試験までくぐり抜け、標準治療候補となるのは10%以下といわれています。

「先端治療」という言葉の響きから、「標準治療」の先を行く、より効果の高い治療と誤解する人がいるかもしれません。

しかしこれは単に「試験的な新しい治療」という意味で、臨床試験をクリアして有効性と安全性が証明された「標準治療」ではありません。

もちろん、現在の「標準治療」も10-15年ほど前には、「先端治療」として第Ⅰ相試験で試されていたことになりますが、「先端治療」といわれる薬剤や技術には、臨床試験を実施する中で効果を実証できなかったり、重篤な副作用が認められたりして、開発が中止され、「標準治療」にならないものが多くあります。

つまり、実際のところ、現在の「先端治療」が将来的な「標準治療」となる確率は高くはないのです。

言い方を変えれば「標準治療」とされているものは、多くの試験をくぐり抜けた結果、最も有効とされ、安全性も確立された治療といえるのです。

臨床試験に参加する意義

一方で、臨床試験を実施中の「先端治療」は、確率は高くはないながらも、成功すれば将来の標準治療になる可能性を秘めています。

そのため、臨床試験への参加を通して先端治療を受けてみることは、将来の標準治療を現時点で受けられる機会となる可能性もあります。

どのようながん患者さんが、臨床試験への参加を検討すべきかは、難しい問題です。

すでに効果の高い標準治療がある場合と、残念ながら今ある標準治療の効果がほとんどない場合とでは、臨床試験を通して「先端治療」を受けてみることへの考え方も異なるでしょう。

臨床試験に参加するには

臨床試験への参加については担当腫瘍内科医と相談することが最も重要ですが、セカンド・オピニオンも非常に有意義だと考えます。

担当医の治療方針と同じ考えか、あるいは別の考え方があるのかを知るなど、得られるものは多くあります。

診療試験は担当医が把握しているものもありますが、クリ二カルトライアルズ・ドット・ガブ(https://clinicaltrials.gov)のウエブサイトでは、全米で行われている臨床試験を閲覧できます。

病名や地域での検索も可能です。

臨床試験は「標準治療」と違い、その試験に参加している施設でのみ受けられます。

「新たな治療法の効果を安全で倫理的に認められた形で検証」するため、試験ごとに対象患者や治療スケジュール、治療効果、副作用評価の頻度や方法を細かく定めたプロトコールに厳格に従って、実施されます。

このため参加を希望しても、条件を満たすかどうかを判断するスクリーニングの結果によっては参加できない場合もあります。また、試験開始後にプロトコール通りに受診や検査を受けられない状況が続けば、試験への参加継続は難しくなります。

臨床試験では、「試験」として行われる投薬や検査での患者さんの負担はありませんが、定期的な画像検査や基本的な血液検査などは保険診療となる場合があります。

臨床試験は患者さんの同意に基づいて行うので、患者の意思により途中で臨床試験から抜けることは可能です。

数多くの臨床試験があるとはいえ、大きな臨床試験は欧米が中心に行われていることが多く、参加者の人種や地域に偏りがあったり、マイノリティーの参加が非常に限られているなど、今後解決すべき課題が多く残っている実情もあります。

臨床試験について、腫瘍内科専門医として私が考える最も大切なことは、患者さん自身が目の前にある治療選択肢に対して、「良い点」「悪い点」を医療者に十分に確認し、自身でも情報収集した上で、医療者や家族と共に納得のいく治療選択をすることだと思います。

(筆者のプロフィール)

藤井健夫 腫瘍内科専門医

信州大学医学部卒業、沖縄米国海軍病院、聖路加国際病院にて研修後に渡米。ハワイ大学、ノースウェルヘルス、MDアンダーソンがんセンターで内科、腫瘍内科のトレーニングを終え、現在はアメリカ国立衛生研究所(NIH)内の米国国立がん研究所(NCI)で診療を行いつつ自身の研究室を主宰。専門は乳がん。

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